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《持続的森林管理》から捨象されたイバン人コミュニティ―サラワク州PEFC認証林アナップ・ムプット森林管理区と周辺コミュニティ―

熱帯林行動ネットワーク(JATAN) 運営委員 原田 公

アナップ・ムプット森林管理区
サラワク州ビントゥル省タタウ郡に位置するアナップ・ムプット森林管理区(Anap Muput Forest Management Unit: AMFMU)は、マレーシア・サラワク州で唯一、天然林伐採のコンセッションによってPEFC-MTCS認証を取得している森林施業のエリアである。認証面積83,535 haは政府による土地の保有状況でいえば「永久林(Permanent Forest Estate: PFE)」に該当する。州有数の都市圏ビンツルから車で二時間半ほどの場所にこれだけ大規模な天然林が残っているのは驚きに値する。シンヤン(Shin Yang)社が伐採権を保有するが、施業と管理は同グループのゼッティ(Zedtee)社が請負っている。アナップ・ムプットのウェブサイトによれば、AMFMU内部に5集落(settlements)が、周辺に16集落が分布している。筆者は昨年9月に複数の周辺コミュニティを訪問した。この多用途森林管理エリアは「アナップ持続的発展地区(Anap Sustainable Development Unit :ASDU)」と呼ばれ、地域住民など多くのステークホルダーによるエンパワーメントの強化もふくめた森林の持続的な管理を目指している。ただ、今回訪問したアナップ河沿いの複数集落はASDUのメンバーにふくまれていない。住民たちの口からそろって出てきたのはゼッティ社に対する強い不満だった。怨嗟や忿怒といってもよい ― 「森林管理区はただ、自分たちの大切な生業を疎外しているだけだ。恩恵はなにひとつない」、「前の世代が使っていた焼畑耕作地を奪われ、自由に狩猟や植物を採取することもままならない」、「FMUに隣接するコミュニティでありながら管理を担うことを許されていない」など。たいへんに限られた滞在だったが、現地でおこなった住民へのインタビューより得られた情報と各種文献をもとに、以下に《持続的森林管理》から地域住民が遠ざけられている様態を報告する。

法律の度重なる改変と先住慣習地の周縁化
認証機関のSIRIM QASによれば、現在のAMFMUのエリアは「アナップ保護林(Anap Protected Forests)」などのもとで1958年3月に「永久林(Permanent Forest Estate: PFE)」に登録されたという。


Land Status Summary (出典 Location of Anap Muput FMU)[/caption]

1953 年制定のサラワク州「森林法 (Forest Ordinance) 」によれば、「保護林」 (Protected Forest)は「保存林」 (Forest Reserve).とともに「永久林」を構成する。「永久林」とは、永久的に木材の生産に充てられた森林のことである1948年の「土地区分令(Land Classification Ordinance)」と1958年の「土地法(Land Code)」は一定の条件下で先住民に対して先住慣習地(Native Customary Rights Land: NCR Land)を保障していた。しかし、その後、幾度かの法律の改定がおこなわれるなかで先住慣習権の行使と先住慣習地は制限されていく。

イブリン・ホンは「『1953年森林法』は、実際には指定地城での先住民の焼畑農業と慣習的権利の行使を禁じたものである。先住民が慣習地を設定するのを禁じるという点では、まさにこの法律が『土地法』に先んじている。森林法の真の目的は先住民の権利の制限にあったこととは明白である」と述べている(ホン 1989)。「森林法」は1953年以降改変を重ねるなかで住民による先住慣習地の利用範囲を一層狭めていく。1979年に改正された「森林法」ではその第90条が拡張され、「保存林」、「保護林」、「州有地(stateland)」に不法に侵入し、木材を伐採し、または林産物を採取した先住民を立ち退かせ、訴追できる広範な権限が林業担当官に与えられたという(ホン前掲書)。さらに、2001年の改正ではたとえ自家用であっても「保護林」における林産物採取が「保存林」の場合と同様に禁止された(SAM 2007)。州政府が「保護林」をふくむ「永久林」に対し天然林の伐採権、さらに植林用のコンセッションを発効することで、住民がおこなってきた焼畑の耕作地や菜園、狩猟地はかつての痕跡をなんら留めることなくアカシアなどの産業植林に姿を一変させられてしまう。事実、AMFMUの場合は天然林伐採のコンセッションだが、その周囲にはサムリン、タ・アン、KTSの3社によるGrand Perfect(LPF001, 490,000 ha)をはじめ、すでにアカシアによる大規模産業造林が展開している。そこに先住慣習地の面影はなにひとつ残されていない。

伐採企業にとって都合のよい森林の囲い込みは「土地法」によっても進められる。1958年「土地法」の第82条(2)(3)には、さらに先住慣習地の消滅にかんする規定が明記されている。金沢によれば、「数次の改正を経た1996年の『土地法』の第5条(3)によれば、大臣の指令により、補償金の支払い代替地の提供ないしは通達を条件として、先住慣習地を消滅させることができる」(金沢2012)。こうした大臣の指令は新聞や庁舎の掲示などで告知される。指令や補償金に対する不服申し立ても規定されているが、「町から離れた奥地では、読み書きのできない人も多く、新聞を入手することさえ難しい。また、先住慣習地の補償問題にかんしては、いわゆる市場価値に見合った金額が算定されず、『多くの場合非常にわずかな補償金』しか支払われないのが実態である」(金沢前掲書)。

アナップ河沿いの集落 (撮影 JATAN)
アナップ河沿いの集落
(撮影 JATAN)

森林に生業を依存する住民のクリミナリゼーションも進行する。1990年代に入って商業伐採が激化すると森を奪われたプナン人をはじめとする先住民による林道封鎖が増大する。1987年には州東部のバラム河上流域の23か所で林道封鎖が行われ、政府は軍を出動させ封鎖に関わった多くの住民が逮捕、起訴された。1987年から1994年にかけて合計で459人の先住民が逮捕されたという(Phoa 2009)。企業の伐採施業を妨害する行為を取り締まる法的な根拠を与えたのは、1987年の改正「森林法」であった。裁判で有罪が確定した者には最長で禁固2年もしくは6000リンギットの罰金を科すことができる。

狩猟禁止の通告版 Anap Protected Forest (撮影 JATAN)
狩猟禁止の通告板 Anap Protected Forest (撮影 JATAN)

ITTOの《持続的森林管理》
1989年5月の国際熱帯木材機関(ITTO)第6回理事会においてマレーシア政府とサラワク州政府はITTOの査察団の受入れを表明した。この背景にはサラワク州における伐採産業による過剰な森林伐採がもたらす深刻な環境破壊と先住民の伝統的な土地権侵害に対する国際的なNGOの抗議運動があったとされている(田口 2001)。ITTOによる現地査察は、1989年11月から3回(計45日間)行なわれた。ITTOは査察後の報告書で、サラワクの森林政策および制度に対していくつかの改善策を提案した。そのひとつ、年1,300万㎥の生産量を段階的に、「永久林」を中心に年920万㎥まで減らすという勧告をサラワク州政府は受け入れる(藤田 2008)。ところが、「1990年と1991年の木材生産量は減るどころか、それぞれ年1,800万㎥を上回る結果となった」(金沢前掲書)。ITTOではまた、木材生産林を対象とした「熱帯天然林の持続可能な経営のためのガイドライン」の作成が進められ、1990年の第8回理事会で採択された(田口前掲論文)。AMFMUの誕生は、ITTOによる「科学的な」《持続的森林管理》に向けた一連の働きかけに対してサラワク州政府が出したひとつの回答であった。ただ、ITTOの査察でも先住民問題の優位性は低く、「サラワクの政治および法律によるシステムによって解決されるべき」というスタンスであった。Cookeによれば、先住民の伝統的な土地権という概念が《持続的森林管理》から捨象されていると指摘する ― 「全体的に、慣習権を根拠とする先住民の権利はサラワク問題の一部とみなされていた。サラワク林業の『持続可能性』を評価する際に、ITTOのサラワク査察は先住民の権利は関連性が認められるものの、『持続可能性』というパラダイムの外側にあるという認識だった」(Cooke 1999)。

2020東京五輪に供給されるサラワク産認証木材
サラワクの前首席大臣アデナンは、サムリンやシンヤンなどの「ビッグ6」と呼ばれる6つの大手伐採会社(サムリン社、シンヤン社、リンブナン・ヒジャウ社、タ・アン社、WTK社、KTS社)に対して、持続可能な森林経営に向けて森林認証をそれぞれのコンセッションで2017年までに少なくてもひとつ取得するよう、何度か檄を飛ばした。業界ではシンヤン社のAMFMUはその先駆的モデルのひとつと目されている。「木材新聞」の2018年新年特集号には「自然林、オイルパーム園で持続可能な経営 タ・アングループ 20年めどに全林区でPEFC/MTCS認証取得」というヘッドラインを冠した記事が掲載されていた。こうした認証志向は2020年五輪需要を一大ビジネスチャンスととらえる業界の変わり身の早さを伺わせるに十分だ。

その歴史的なスポーツイベントのメイン会場となる新国立競技場の建設基礎工事で、マレーシア・サラワクに由来する熱帯材合板が使用されていた問題が発覚した。シンヤン社製のPEFC認証型枠合板が使用されているとの指摘を受けて、競技場の発注元の日本スポーツ振興センター(JSC)はメディアの取材に対して、調達基準の「要件を満たす」と答えたという。森林認証というお墨付きを与えられた《持続的森林管理》であれ、地域住民の生業や慣習権をないがしろにするような調達の由来を持つ木材は、レガシーと言われる記念碑的な祭典の競技会場にはあまりにも似つかわしくない。

Local Communities around AMFMU (出典 Anap Sustainable Development Unit)
Local Communities around AMFMU (出典 Anap Sustainable Development Unit)

《引用・参考文献一覧》
イブリン・ホン. (1989).『サラワクの先住民── 消えゆく森に生きる』法政大学出版局
金沢謙太郎. (2012). 『熱帯雨林のポリティカル・エコロジー: 先住民・資源・グローバリゼーション』. 昭和堂
田口標. (2001). 「『持続可能な森林経営』 に向けた国際的な取り組みの変遷」. 日本林學會誌, 83(1), 30-39.
藤田渡. (2008). 「悪評をこえて」. 東南アジア研究, 46(2), 255-275.
Cooke, F. M. (1999). “Forests, Protest Movements and the Struggle Over Meaning and Identity in Sarawak”. Akademika, 55(1).
Sahabat Alam Malaysia (SAM). (2007). ” BRIEFING PAPER II MODERN FOREST AND LAND LEGISLATION AND NATIVE CUSTOMARY RIGHTS IN SARAWAK”
Phoa, John. (2009).”Protecting Native Customary Rights:Is Legal Recourse Viable Alternative?.” Akademika 77.1

[註] 上掲の記事は2018年2月9日発行の「JATAN News No.109」からの転載です。

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