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豪州NSW州ハンター・バレー、バルガ訪問記-資源メジャーによる炭鉱拡張阻止に立ち上がったワイン農家たち-

豪州NSW州ハンター・バレー、バルガ訪問記―資源メジャーによる炭鉱拡張阻止に立ち上がったワイン農家たち―

熱帯林行動ネットワーク (JATAN)

事務局 原田 公

今年の8月末から9月初旬にかけて、NSW州のいくつかの石炭採掘地を視察する機会を得ました。出光興産などが権益を持つボガブライの炭鉱(Idemitsu’s Boggabri Coal Mine)拡張の問題で、これまでに協働させてもらっているフロントライン・アクション・オン・コール(Front Line Action on Coal)の活動家メンバー、野田沙京さんとジョナサン・モイラン(Jonathan Moylan)さんに参加していただき、現地住民の方々と直接、お話をうかがうことができました。以下、自分が今回はじめて訪れた、日本人観光客にも大変なじみの深い世界有数のワイン産地、ハンター・バレー(Hunter Valley)の一角にあるバルガ(Bulga)について報告したいと思います。

バルガはおよそ200年の歴史を持つ、350人ほどの住民が暮らすシドニー郊外の典型的な牧歌的なコミュニティです。周辺にはワイン地場産業を支えるブドウ畑やオリーブ農園を取り囲むようにいくつかの巨大な炭鉱が存在します。6年前から資源大手リオ・ティント(Rio Tinto)が進めようとしているマウント・ソアリー・ワークワース(Mount Thorley Warkworth)露天採掘鉱の拡張は、バルガの住民やワイン農家にとって生業とも言えるワイン生産のみならず地域の貴重な生態系やコミュニティの健康に対して大きな脅威を与えることから、この数年来住民たちは、バルガ・ミルブロデール進歩協会(Bulga Milbrodale Progress Association)(以下、「協会」と記す。)を組織して、法廷闘争や州の企画評価委員会(Planning Assessment Commission)(以下、「委員会」と記す。)での陳情など、法律内で許されているさまざまな手段を使って拡張の反対を訴え闘ってきました。

一帯には、原初あったうちの約13パーセントの生育域を残すのみという、州が絶滅危惧種に定めるワークワース・サンズ・ウッドランド(Warkworth Sands Woodland)の植生群や保護価値が非常に高い先住民の聖地が分布しています。拡張によってこれらの貴重な財産が壊滅的打撃を受けるだけではありません。これまでバルガと炭鉱地を隔て粉塵やノイズなどの飛来を緩和してきたサドルバック・リッジ(Saddleback Ridge)という小高い丘陵地も破壊されてしまい、コミュニティエリアの2.6キロ手前まで迫ってくるだろうといわれています。協会のスポークスパーソンを務めるジョン・クレイ(John Krey)さんは最終的には500メートル手前まで来るのではないかと懸念していました。

地域の雇用創出や経済活性化を謳ったマウント・ソアリー・ワークワースの拡張申請は2012年に認可されました。しかし、2014年4月7日、州の最高裁はリオ・ティントのこの拡張認可を取り消します。同社と州政府は前年の4月に土地環境裁判所(Land and Environment Court)が、炭鉱拡張がもたらすと予想される経済効果は環境に与える負のインパクトを正当化できないという判断のもとで下した不許可の裁定を覆そうと控訴していたのです。土地環境裁判所での裁定後、住民側の勝訴を重く見た当時のオファレル州政府(Barry O’Farrell’s state government)は、資源開発プロジェクトによる採掘権料(royalty)などの財源をこれ以上喪失してはならないと、州の環境計画方針(State Environmental Planning Policies:SEPP)の承認プロセスを変更しました。認可済みプロジェクトについて住民側は控訴できなくなったのです。結局、土地環境裁判所の判断は上級審の最高裁でも追認されたのですがこれで一件落着したわけではありません。最高裁での判決があってから間もなくしてリオ・ティントは規模を縮小した拡張案を計画・インフラ省(Department of Planning and Infrastructure)に提出します。これでバルガ住民の一時の勝利感は萎えてしまいます。さらに今年の3月になって、委員会は住民に対して転居による賠償を受けるかコミュニティの全体が移転するかの提案を突き付けます。二回の法廷闘争を勝利した住民側はもちろんこの提案には応じません。そんな中、住民たちに朗報が飛び込みます。7月7日にベアード政府(Mike Baird’s state government)は、資源開発プロジェクトについてそれが与える経済と環境・社会の影響を均等に配慮するよう、2013年に修正されたSEPPの条項を変更したのです。このSEPPの規約修正にもとづいて委員会は、計画・インフラ省に提出のあったリオ・ティントの炭鉱拡張申請を議論する公聴会をシングルトン(Singleton)で9月7日に開催します。

わたしたちがバルガを訪問したのはこの公聴会が迫る9月1日でした。準備に忙しい協会のメンバーたちが温かく迎えてくれました。協会は、オーストラリア国内の影響の大きな資源開発事業からコミュニティや環境などを守る、草の根コンソーシアムのロック・ザ・ゲート(Lock the Gate)などと協働関係にあるものの、バルガの住民を基盤として組織されています。最初にお世話になったのが、ハンター・バレーでは最大の有機ワイナリー、アセラ・エステート(Ascella Estate)を経営するブラウン夫妻(Geoff and Barbara Brown)のお二人です。定年後の第二の人生を美味しいワイン生産とブドウの栽培に費やし、気の置けない隣人たちと地元の豊かな環境に囲まれながら裕福な生活を謳歌している人たちです。奥さんのバーバラさんは、つい最近、国家遺産に登録されたばかりの先住民聖地、バイアメ洞窟(Baiame Cave)に案内してくれました。バルガを将来的にエコツーリズムの拠点にしていきたいと楽しげに語っていました。かれらの印象は、ハンター地区の西側に位置するレアード州有林(Leard State Forest)でやはり炭鉱拡張を進める出光興産とホワイトヘイヴン(Whitehaven)を相手に拡張反対の運動に取り組むボガブライの農民や住民たちの様子とは少し異なります。ただ、豊かな生活に満足しているかに見えるブラウン夫妻ですが、資源メジャーのリオ・ティントや炭層ガス(Coal Seam Gas: CSG)の探鉱を企てるAGL社(Australian Gas Light Company)を前にして市民的不服従の活動家へと変貌し、法廷闘争を粘り強くつづける姿を認識するにつれてオーストラリアの市民運動体の懐の深さといったものを実感した次第です。

高級な有機ワインをごちそうになってから、メンバーの一人、ジョン・ラム(John Lamb)さんに案内されてスイスの資源メジャーであるエクストラータのグレンコア(Xstrata’s Glencore)炭鉱とマウント・ソアリー・ワークワースの視察に出かけました。いずれも規模の大きさはこれまでにオーストラリアで見たどの鉱山にも勝るものです。途中で、炭鉱拡張のためにコミュニティほぼ全体が転出し寂れてしまったキャンバーウェル(Camberwell)を通りました。バルガは同じ運命をたどりたくないとジョンさんは語っていました。マウント・ソアリー・ワークワースに隣接する農地から炭鉱を見渡しながらジョンさんがしてくれた話には驚かされました。地下水資源はワイン農家や牧畜農家にとっては死活問題に違いありません。しかし、そうした貴重な地下水が、たとえ干ばつの時期でさえ石炭企業に優先的に与えられるというのです。水資源の枯渇などのためにハンター・バレーではすでに400を超える酪農家が廃業したという報道もあります。

オーストラリアの資源開発ではボガブライ炭鉱など、出光興産などの日系で100%所有するプロジェクトは例外的で、日本企業は先発の欧米系多国籍資源メジャーと合弁して部分的な権益を確保するパターンが多いと思います。マウント・ソアリー・ワークワースの一部であるワークワース炭鉱には日本の三菱ディベロップメント(Mitsubishi Development)、新日鉄(Nippon Steel)、三菱マテリアル(Mitsubishi Materials)の企業が権益を保有しています。ジャーナリスト、ポール・クリアリー(Paul Cleary)の著書『マイン・フィールド(Mine-Field)』によれば、ハンター・バレーにはおよそ30の炭鉱地が分布し、その生産量は国全体の四分の一を占めるということです。日本は石炭使用量のほぼ全量を輸入に頼る世界二番目の石炭輸入国で、うち約6割は豪州からの輸入です。オーストラリアは石炭のみならずウラン、天然ガスなどもふくめ、日本のエネルギー資源需要を支える重要な貿易パートナーであることに間違いはありません。ただ、これだけ壮大なサプラーチェーンで結ばれていながら、石炭生産地の情報は意外なほど少ないというのが実態ではないでしょうか?

先進国世界の一員である豪州ですが、石炭を含む鉱物資源の開発については多国籍の資源メジャーなどに対して、第三世界並みなどといわれる税制などの優遇策が取られています。また、連邦政府・州政府による開発規制はあまく、資源採掘産業は、地域の天然資源によって支えられてきた乳業、牧畜業、ワイン産業といった伝統的な産業の犠牲のもとで優遇策がとられつづけています。開発にともなう塵肺罹患、地下水の枯渇、騒音などの問題は地域住民の生活を脅かし、採掘地のコンセッションが拡大するなか、多くの先祖たちが永眠する聖地への立ち入りを禁じられ、宗教的・文化的な当然の諸権利を否定されている先住民グループもいます。

今後、バルガやボガブライの住民グループと連携して、日本のメディア、研究者、学生たちを対象にスタディツアーなどを組織して、両者のコミュニケーションをはかっていきたいと考えています。

追記:10月22日、住民たちの期待を裏切るように委員会は条件付きながら拡張承認に向けた勧告を出しました。そして11月6日には州政府は委員会の勧告を受け入れる形で最終的な拡張許可を表明しました。いま、バルガの住民のあいだには戸惑いと深い失望と怒りが広がっています。

協会による州政府決定に対する抗議声明はつぎのURLからご覧いただけます。

“Bulga residents dismayed as NSW Planning Dept gives tick to Rio Tinto Warkworth mine approval”

http://www.savebulga.org.au/nsw-planning-dept-gives-tick-approval/

(了)

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