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REDD+を離脱した生態系修復コンセッション ― ハラパン熱帯林プロジェクトの土地権をめぐる抗争 ―

運営委員 原田 公

1. ハラパン熱帯林
REDD+が民間レベルの資金源を確保できる段階(フェーズ3「成果支払い」)に入ったかどうか、実施にともなう社会的なセーフガードが十分に構築されたかどうか、現在、関係者の間で活発な議論がはじまっている。インドネシアのREDD+プロジェクトではこれまで、二国間支援、FCPF(世銀)などの多国籍ドナー機関による動員実績があるものの、今後は、民間レベルでの資金拠出も期待されている。そんな中、生態系修復コンセッション(Ecosystem Restoration Concession: ERC)を林業省(当時)から最初にライセンス取得したハラパン熱帯林(Harapan Rainforest)の主要なドナーのひとつ、デンマーク政府がプロジェクトからの撤退を決定した(Mongabay.com 2018)。同政府は2011年以来、1,270万米ドルもの財政支援をおこなってきた。管理会社のPT Restorasi Ekosistem Indonesia(REKI)は100万ドルのコンセッション料のほかさまざまな税金、不法行為を取り締まるパトロールに要する経費や駐在する警察や軍に支払う委託料など管理に関わる多額の経費を負担しつづけなければならない。撤退の理由は、コンセッション10万ヘクタールのうち20,000ヘクタール近くにおよぶ不法なアブラヤシ農園開発である(Mangarah and Erwin 2015)。デンマーク政府から幾度となく出されていた保全管理徹底の要請に応じることができなかったようだ。

昨年9月におこなったハラパンの現地視察とジャンビ州のNGO、KKI WarsiとAGRA Jambi、ほかとのインタビューをもとに関係文献で得られた知見を加えて以下、現状をまとめた。

2. ハラパンの保全管理
REKIはハラパン熱帯林プロジェクトを管理・運営する企業体である。その組織的な母体は、バードライフ・インターナショナル(Birdlife International)、英国王立鳥類保護協会(Royal Society for the Protection of Birds: RSPB)そしてバードライフのインドネシアにおけるカウンターパートのブルーン・インドネシア(Burung Indonesia)という3つの国際的な環境保護団体によるコンソーシアムである。ハラパン熱帯林の正確なコンセッション面積は98,555ヘクタール。南スマトラ州(52,170ha: SK Menhut No 293/Menhut-II/2007)とバタンハリ(Batang Hari)・サロラングン(Sarolangun)の両県にわたるジャンビ州(46,385 ha: SK Menhut No 327/Menhut-II/2010)の二つの州にわたって存在する。

REKI本部 での 朝礼 (撮影筆者)
REKI本部 での 朝礼 (撮影筆者)

ERCはREDD+を促進させるために導入されたインドネシアの国レベルの制度である。森林の減少や劣化が進んだ生産林を対象に森林の保全、コミュニティの発展支援、生態系調査・モニタリングなどさまざまな活動によって熱帯林の再生につなげようという目的を掲げる。コンセッションの貸与期間は60年。その後、最長35年の延長が可能である。持続的な運営資金の獲得手段のひとつとして、市場に創出される炭素クレジットの取引が想定されている。インドネシア最初のERCはハラパン熱帯林に与えられたが、現在まで全国で16のライセンスが発効されている。その延べ面積は623,000haにおよぶ(Mongabay.com 2018)。ただハラパンの場合、すでにREDD+からの離脱(disassociation)を公式に表明している(Enrici and Hubacek 2018, Hein 2018)。REDD+事業の推進で域内の先住民や農民に対してREKIが行使してきた抑圧的な管理方法をめぐっては2012年以降、現地の農民組織、NGOとそれらと連携したヨーロッパの反REDDを標榜するForest Peoples ProgrammeやREDD-Monitorなどが国際的なキャンペーンを展開した経緯がある。先住民の伝統的な生業への侵害、土地・家屋の強制収用など国家警察特別機動隊(BRIMOB)や国軍(TNI)の投入をともなう強圧的な管理手法(Komnas HAM 2013, Kunz, Yvonne, et al. 2016)は、REDD+で人権セーフガードを構築していくことの難しさの象徴的な事例として「ハラパン」の名前を広く世界に示すことになった。

3. バティン・スンビラン
オランダ統治時代、スマトラ島南部のこの一帯は欧米の土地所有概念とは相容れない、ただ慣習法(アダット)だけを拠りどころとする「誰のものでもない土地(no man’s land)」であった。独立後スハルト独裁政権下で、企業への開発事業権の発給をとおして森林資源開発が進められる。1970年代になるとジャンビ州南部では、伐採企業のPT Asialogが政府から10万ヘクタールのHPH(択伐用コンセッション)を与えられた。企業による大規模伐採の入った森林帯は、バティン・スンビラン(Batin Sembilan = 「9つの川の意味」)による狩猟、非木材林産物の採集、移動耕作などの生業の地でもあった。その後、1987年から2010年にかけて、PT Asialogのコンセッションエリアはいくつかの企業に分割される。非林地指定に変更されHGUコンセッションの発効によって、PT Asiatic Persadaをはじめとする企業が残った二次林の森をアブラヤシ農園に変えていく。バティン・スンビランが過酷な土地収用によって森を追われるはこの時期である。また、同時期にPT REKIがERCのコンセッション発給を受ける。おもにジャンビ州に先住するバティン・スンビランは、オラン・リンバ(Orang Rimba)と並んで、スク・アナック・ダラム(Suku Anak Dalam))という政府によるカテゴリーに属する狩猟採集などを生業とする伝統的なエスニック集団である。KKI Warsiによれば現在、ジャンビ州に 17,985人、南スマトラ州には219人が暮らしているという。

Simpang Macan Lunar集落の様子(撮影筆者)
Simpang Macan Lunar集落の様子(撮影筆者)

森林の保全を大義とするプロジェクト地で軍や警察の出動をともなう管理手法は多くの農民系、人権系のNGOから激しく糾弾されてきた。ただ、2013年くらいを境に、REKIやブルーンの幹部層にWWFやその系列にある組織から環境活動家たちが加わって以降、紛争をかかえる周辺コミュニティに対して調停や交渉など法執行をともなわないアプローチ(non-litigation)を優先させる流れに変わってきたという(KKI Warsiによる聞き取りから)。REKIによれば、現在すでにMoUを締結した事例は二州合わせて8つに上る。

1. Simpang Macan Lunar (Batin Sembilan)
2. Tanding (Batin Sembilan)
3. Gelinding (Batin Sembilan)
4. Sungai Kelompang (Batin Sembilan)
5. Kelompok Narwanto
6. Kelompok Trimakno
7. Sutarno
8. Kapas Tengah (South Sumatra area)

さらに過去REKIとのあいだで、熾烈な軋轢が生じていたエリアTanjung Mandiriのサブビレッジ(dusun)にあたるAlam Saktiに対しては和解のプロセスが進行していて、あとひとつの項目で合意ができればMoUを締結できる見込みだ。その項目では、12年後に現在のアブラヤシを伐採しその後はもう植えないことが住民に求められている。ハラパン熱帯林の土地権をめぐる歴史的な軋轢には多くの多様なアクターたちが関わっている。コンセッション内の土地の売買に関わっている勢力の一部は、インドネシア政府の国内移住政策(トランスミグラシ)による移住者を出自とする後世代と言われている(Mangarah and Erwin 2015)。家族が拡大するのにともなって当初、政府から割り当てられた2haばかりの農地では家計収入が覚束ないという事情がその背景にある。一方、REKIは先住するバティン・スンビランに対してより高い土地請求の正統性(legitimacy)を認めている(Hein 2018)。実際に、MoUを締結しているバティン・スンビランのグループに対して相当面積の土地を采配し、ゴム林の経営やアグロフォーレストリー、果樹園、一年生作物の収穫を推奨している。

住民グループとPT REKIの協働によるアグロフォレスリ の協働によるアグロフォレスリーを示す看板 Sungai Kelompangにて (撮影筆者 )
住民グループとPT REKIの協働によるアグロフォレスリ の協働によるアグロフォレスリーを示す看板 Sungai Kelompangにて (撮影筆者 )

MoUを締結したバティン・スンビランの或るコミュニティリーダーは、ハラパンに居住するバティン・スンビランは200家族だ、と何度か証言した。このインタビューに同席したREKIの幹部は、土地の転売に関与している外部者の中には、その出自をバティン・スンビランと詐称する者がいるのだと説明した。ただHeinは、バティン・スンビランが、アブラヤシ栽培の技術を学んだ、おもにジャワからの移住者たちとのインターエスニックマリッジ(異民族間結婚)を通して家族を増やす例は決して珍しくはないと指摘する(Hein 2018)。

4. 多くの多様なアクター
REKIによれば、現在起こっている土地転用はボゴール、ジャカルタ、バンドゥンなど外部者による。都会部住民による土地投機はジャンビでは珍しいことではない。そうした土地の投機にSPIやAGRAが関わっていると、或るREKI幹部のひとりは指摘した。

インドネシアの先住民ネットワーク組織のAMAN(Aliansi Masyarakat Adat Nusantara)、そして小農による全国的な組合組織のSPI( Serikat Petani Indonesia)やSTN(Serikat Tani Nasional)、さらに土地改革を求めるアドボカシーNGOのAGRA(Alliansi Gerakan Reforma Agraria)などは、政府(国)による土地支配や土地区分の概念に不同意の態度で臨んでいる。こうした組織は政府の社会林業スキーム、たとえば「村落林(Hutan Desa)」が住民コミュニティの永続的な土地保有を担保するものではなく、たんなる土地貸与に過ぎないという認識を示している(Hein 2018)。AGRAのジャンビ支部でハラパン熱帯林の土地紛争についてインタビューをした際、「ERCのコンセッション内で慣習林(Hutan Adat)を認めさせるには高いハードルがあるはずだが、なぜAGRAはバティン・スンビランのグループに慣習林の取得を提案しているのか」と質問した。ディレクターはERCでおこなわれているREKIによる土地の囲い込みを激しく糾弾する一方で、2012年憲法裁判所決定第35号(Constitutional Court Decision Number 35 / PUU – X / 2012)にも言及しつつ、最近の土地改革の流れから、今後はより柔軟なエンクレーブなどによる土地の再分配が実現する可能性を語った。

ERC内の住民によるアブラヤシ収穫(撮影筆者)
ERC内の住民によるアブラヤシ収穫(撮影筆者)

REKIによるハラパンにおける準国家的な振る舞いを可能にしているのは中央政府から与えられたコンセッションである。ただ、政府は発効の際、先住していた住民などに対してグランドレベルのコンサルテーションはおこなっていない。REKIはどうだったか。REKIがERCを取得する際にFPIC (Free, Prior and Informed Consent)を採用しなったことがハラパンの土地権抗争をめぐる国際的なネガティブキャンペーンの出発点にある。REKIはコンセッション発効から5年たった2015年に、FPICの部分的な採用をはじめている(Hein 2018)。しかし、遅きに失したことの代償はあまりにも重かったという言うべきだろう。2012年憲法裁判所決定第35号は間違いなく、先住民の土地権請求運動を後方支援していくだろう。また、ローカルな土地紛争の対処策として国際基準のFPICの採用は拡大していくだろう。

生態系保全やREDD+のプロジェクトはしばしば、多国籍アクターによる広範なネットワークによって実行される。そこに現地国の政府機関や企業、環境保護団体が関与してくる。こうしたグリーン・エンクロージャーに対する抗議や抵抗運動もまた、トランスナショナルな性格を帯びてくる。たとえば、国際的な農民組織、アドボカシー型NGO、第3世界支援組織などがそれを支えている。REDD+においては、炭素の固定・吸収活動は主要な排出国である先進国ではなく、途上国の熱帯林が対象となる。財力と権力の非対称がつくる深い溝をどう埋めていけばよいか、ハラパン熱帯林の土地係争問題はその重要なヒントを示唆していると思う。

【参考文献一覧】
Mongabay.com: “End of funding dims hopes for a Sumatran forest targeted by palm oil growers”(9 November 2018)

Enrici, Ashley, and Klaus Hubacek. “Challenges for REDD+ in Indonesia: a case study of three project sites.” Ecology and Society 23.2 (2018)

Hein, Jonas I. Political Ecology of REDD+ in Indonesia: Agrarian Conflicts and Forest Carbon. Routledge, 2018.

Komnas HAM: “Komnas HAM: Konflik REKI-Petani, Ada Indikasi Pelanggaran HAM” (14 January 2013)

Kunz, Yvonne, et al. “Mimicry of the legal: Translating de jure land formalization processes into de facto local action in Jambi province, Sumatra.” ASEAS-Österreichische Zeitschrift für Südostasienwissenschaften 9.1 (2016): 127-145.
Silalahi, Mangarah, and Desri Erwin. “Collaborative conflict management on ecosystem restoration concession: lessons learnt from Harapan Rainforest Jambi-South Sumatra-Indonesia.” Forest Research 4.1 (2015): 134.

注記1: 2019年4月に発行されたJATAN NEWS No.112に掲載の同タイトル記事の再掲です。
注記2:本調査はJSPS科研費(課題番号 18K11793)の助成を受けたものです。

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